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2020年東京オリンピックに向けて(2):観光客が訪れる日本へ

小西美術工藝社社長デービッド・アトキンソン氏によると、日本の文化財行政は大きな転換期を迎えている。日本が観光立国を実現するためには、文化財の活用・資源化が大きな手がかりになるとのこと。文化財業界側では、「行政から補助金をもらうのは当たり前」から「自分たちの努力で伝統文化の魅力を発信し、社会全体に貢献したい」という発想転換が必要だと。

文化財を完全に収入を得るためのものにするのではなく、ある意味日本人自身のための文化の伝承のためにも、文化財を「コストセンター」から「カッシュ・カウ」(稼ぎ頭のビジネス)に換えざるを得ない。現在の文化財保護政策だと、建物(器)だけが保護され、その中身の人間文化は排除されている。言い換えれば、「文化財を活気に溢れ、日本古来の歴史、習慣、宗教、美意識、生活などを体感できる教育施設」に変えていく必要がある。

そして、リピーターの獲得と多様なニーズを持つ観光客への対応も課題となる。

少し観点を変えてみると、今までの日本は観光客が訪れるのを待っていたかもしれない。以下、日本文化研究社の松岡正剛氏の言葉をお借りすると、「訪れる」という言葉は、「神様が訪れる」でも使われる。「音連れ」とも綴るそうです。勿体を持たない神道の神様の来臨は「気配」で感じるしかない。もともと日本の神々のことをマレビト(客人)とも名付けていたので、「稀なる人、稀にやってくる人」と、「客」として見なしていた。面白いことに、日本の神々は「客なる神」であることに対して、ユダヤ=キリスト教やイスラム教の神は「主神」。

神が訪れる気配に察するために依代(よりしろ)を使ったり、お正月に歳神を迎え入れるときは松や竹で門松を立てたりする。

日本は「客」のことを大切にもてなすのも、よそから来たものを「客」として接するのも、こういう古来の思想が関係しているかもしれない。しかし、日本はこれからの経済成長といい、持続可能な成長といい、たくさんの問題を解決するためには、客が訪れる(音連れる)のを待つという受け身の体勢ではなく、自国の文化財やインフラなどを整えて、よりよい依り代を作る必要がある。そうすれば、もっと沢山の観光「客人」がやってくるに違いない。

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