1年ぶりにシンガポールに帰ってきた。

「シンガポール、変わったな」、それから「シンガポール、懐かしいな」と、色々な感情が混じり合い、複雑な気持ちになる。新しいシンガポールにわくわくしつつも、古いシンガポールが懐かしくなる。

日本に移ってから間もなく8年目に突入する。8年は長い。本当に長い。私の20代はほとんど日本にいる。自分の人生の黄金期と言っても過言ではないこの20代は日本で過ごしている。シンガポールに帰ってくる度に、自分の人生の最初の20年間が夢みたいだ。

当たり前だと思ってたことが、逆カルチャーショックになる。

四季がなく1年中蒸し暑い。バスに乗った途端、運転手が出発し、乗客がバランスを崩す。フードコートやホーカーセンターでは、席は早い者勝ち、ティッシュで席を取っとく。ホーカーセンターで自分の順番になっても優柔不断になったら怒られる。食べ終わったら、お皿は自分で片付けずに置いておく。地震・台風、自然災害ってなに?聞いたこともなかった。雨が降りそうでも傘は持たない、どうせすぐ止むし。

自分の人生でずっと常識だったものは非常識になってきた今この頃。時間の経つ速さは本当に恐ろしい。

そして、今年はシンガポールの独立50周年。シンガポールの歴史の中の大きな節目。ここ5年ぐらいシンガポールでは大きな変化を見せている。移民の急激な増加により、交通機関が問題多発し、独立してから初の暴動が起き、そしてシンガポール国民の不満の声が今までないぐらい大きくなっている。

シンガポールの人口の20%は外国人、そしてこの比率はこのまま続くと2030年までには半分になる。この点については特に痛感している。

シンガポールの外資系企業に勤めている友達の話を聞くと、同僚の半分以上が外国人労働者。シンガポールの大学で博士課程を取っている友達も、研究室の半分以上は外国人だという。

もちろん、シンガポールはもともと移民の国なので、中華系(72%)、マレー系(19%)、インド系(7%)とユーラシア系(2%)の割合で、色々な国の人が住んでいた。メイドさんを雇う週間があるので、フィリピンやインドネシアの人もたくさんいた。1980年代には日本のバブル経済によって多くの日本人も来星していた。

しかし、今はそれどころじゃない。

今、私が住んでいるところ(東京でいうと、大田区の石川台という、日本人でも知らないような町)でも、色々な人が見かける。今回、シンガポールに帰ってきて、もともとローカルの人しか行かないようなところで、イスラエル人とシンガポール人の夫婦に出会ったり、バスに乗ると、エチオピア人とイギリス人の夫婦に出会う。(実際本人に話しかけたり、周りの話から推測したりした)

地下鉄に乗ると、日本語や韓国語が当たり前のように聞こえて来る。六本木みたいな外国人が集まるところ(繁華街)に行ったらもっととんでもない!スペイン語、ドイツ語、フランス語、ベトナム語、ベンガリ語、そして聞いたこともないような、恐らく東ヨーロッパの国の言語が耳に入ってくる。むしろ、現地のシンガポール人より、外国人のほうがよっぽど多く感じている。

変わったこと、変わらなかったこと、いくつかご紹介します。

10959648_10153009729795465_5949239654817113520_n中学校の友達との再会

IMAG0135シンガポールの一番大きな駅で日本の女子旅をめっちゃアピールしている。

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ドリアン味のコーヒなんて気になる。まずそう。

そして、シンガポールの町並み。

シンガポールホーカーセンター シンガポール市場2 町並み2 町並み6 町並み8

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