1年が経った。

去年のこの日、会社で働くことに限界を感じて、最後の仕事を辞めてしまった。その先のことを何も考えずに唯一の収入源である仕事を辞めてしまった。

あれから、色々悩んだ。

生活費はどうするか。自分の人生はどうするかって、ものすごく悩んだんだ。

シンガポールに帰ってゼロからやり直すという可能性もなくはなかったが、私は日本との縁はまだまだ続くことを感じ、また日本に戻ってきた。

会社で働くことはもしかしたら自分に向いていない?って思って、とりあえずそれ以外の可能性を考えてみた。

起業する?NGOで働く?学者になる?

可能性はだいぶ限られてしまったが、ないわけではない。

過去の2年間の経験で、起業することは自分に向いていないことがなんとなくわかったので、消去法で残された自分に向いている道のはふたつ。

学者になるか、NGOで働くか。

国際的なNGOで働くのに修士が必要なのでとりあえず大学院に入るかと思い、慌てて大学院の受験締め切りを調べた。残念ながら、半年以内で入学できるところはなかった。

早くても1年後。そして、もしかしたら受からないかもしれない。その場合はどうすればいいのか。

考えても仕方ないので、とりあえずGRE(アメリカをはじめ大学院に入学するための試験)を申し込み、そのために勉強し、そして受験してみた。

私の人生はそれにかかっているといっても過言ではない。

勉強期間は1ヶ月間だったのにもかかわらず、成績はまあまあで、東京大学の大学院に奇跡的に受かった。

しかし、大学院に受かったのはいいが、入学まで10ヶ月間も残っている。この10ヶ月間はどうするか。貯金も日に日に減ってって、旅行なんかするどころじゃない。

友達の紹介で、フリーランス翻訳として、翻訳の仕事で少なからずお金を稼ぎながら、本を書いて自費出版した。そして、大学時代のアルバイト先の飲食店に復帰し、更にNGOピースボートのインターンシップを申し込んだ。

インターンシップに受かって、NGOでインターンしながら、二つのアルバイトを掛け持ちし、今入学まで、あと3週間に迫ってきた。

もう少しで、私の人生が再び起動する。今度こそ、方向をちゃんと決めておかないと。

この2年間ぐらい、私の人生は決して順風満帆とはいえない。同年代の人と比べると、貯金もないし、出世もしていない。

もし、去年のこの日、私は仕事を辞めていなかったら、私はどうなっていたのだろうか。

安定的な収入をもらいながら、貯金も少しずつ貯まっているのだろう。

しかし、私の人生はどの方向に向かっていたのだろうか?それは果たして正しい方向だっただろうか?そして、私は幸せに毎日を送っていたのだろうか?

そもそも、人生で大事なことってなんだろう?

世界的に有名な児童文学「星の王子さま」を思い出す。

大切なことは目に見えないんだよ

大人は誰でも元は子供だった(そのことを覚えている人は少ないけど)

というのは、作者サンテグジュペリが一番最初に書いた文章。子供たちが思っていることなどは、理屈というより、直感のものなのだ。大人みたいに色々企んだ上で物事を言うのに対して、子供たちは素直な気持ちをそのままを言うのだ。どちらが正しいというのはないが、「大人はみんな元は子供だった」ので、大人でも直感で行動したことはあるだろう。

大人はみんな形が大事だと思っているんだ。形や数字ばかり。「バラ色のレンガできていて、窓に花が飾ってあって、屋根にはとがいる奇麗な家を見たよ」と言っても大人にはわからない。「一億円の家を見たよ」と言うと感心する。

私達が生きている今の社会では、すべてのものは数字で決めつけられている。

仕事は年収や売り上げ。

人は年齢や身長。

正直なところ、私も常に数字に縛られている。人と会う度、その人の年齢が気になる。

「年収○○億円の社長」とか、「売り上げ数100万本」とか、「月間売り上げ◎◎百万円」とか、「震災で〇〇人死亡、〇〇人行方不明」とか、日常的に目と耳に入るのではないだろうか。

仕事の価値はいつの間にか数字になってしまったのだろうか。

年収何億円より、その仕事で誰かのために役立ったのか?社会にどんなことを貢献したのか?のほうが重要なのではないだろうか?

人の年齢より、その人は今までの人生でどんなことをやってきたのか、のほうがその人の性格や考え方などがわかるのではないだろうか。

別に数字が悪いとかじゃない。私は数字が好きだ。でも、今の社会ではあまりにも数字に操られている。もうちょっとものの本質を見るクセをつけなきゃね。

「僕の星には花が一輪あって、火山が3つあります。花には水をやるし、火山は掃除してやります。あなたは5億の星に何をしてやるの?」

新しい人生まで、あと3週間だ。

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