スタディーツアーの背景

 「東北への小さな一歩、世界にとって大きな飛躍」

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東日本大震災から3年が経ち、未だに解決されていない問題も多く存在しているが、復興への道で見つけた大切なこともたくさんある。東北をはじめ、日本の多くの地域では震災前から高齢化社会、地域産業の衰退、過疎化問題、自然災害など、様々な問題と戦っている。しかし、こういった問題は日本に限らず、世界中の先進国が10年、20年後に直面する問題でもあるだろう。そういう意味では、日本はほかの先進国より一足先にグローバル問題の解決策を探る立場になった。日本はいわゆる「課題先進国」という新たな立場に立たされたのだ。

そんな東北では、そういった課題を向き合うべく、動き出している方々や団体が多くいる。職を失った漁師の奥さんたちが町の資源を使ってものを作って販売するとか、東北出身の若者が都会からUターンして地元に戻って起業するとか、使われなくなった町の物件をリフォームして新たな空間とコミュニティースペースを構築するとか、農場と農業の仕組みを改善するとかといった新しい挑戦に挑んでいる方々が多いのだ。

災害の足跡を残しつつも、貴重な資源と自然を大切にしながら、持続可能な社会を築いている。東北は今後、地域活性化とともに、世界中から注目を浴び、国際化も進んでいくに違いない。日本の未来を切り開く東北のこと、現地の地域活性化に関わる活動、それから世界が学ぶべき貴重な知識を学ぶべく、11ヶ国の11人を集め、今回のスタディーツアーを行うことにした。

振り返りながら前を向く

今回のスタディーツアーの一番のこだわりは、「振り返りながら、前を向く」ことだった。震災後、被害を受けた東北の沿岸地域では語り部や震災を風化させないための活動などがたくさん行われるようになった。確かに、時間が経つにつれて、インフラが復旧され、瓦礫を撤去され、緑が生えてきた今となって、震災前の風景どころか、震災直後の風景ですら忘れられている。「昔ここには家があった、そして津波に流された」というイメージも薄れてきたのではないだろうか。そういう意味では、その地域が復興し、活性化するためには、まず震災があったことを忘れてはいけない。

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しかし、東北を復興し活性化するためには、前を向くことも大切ではないだろうか。震災後に各自ビジネスを再開したり、新しいビジネスを立ち上げたりして、前向きな姿勢を取った方々が多くいる。その中には、持続可能な発展を目指す世界が学べることがたくさんあると信じている。そういう活動に焦点を当て、11ヶ国の11人がそれぞれの価値観や観点を持ちながら色々学ぼうと思った。

今回は「前向きの取り組み」の要素を入れようと、以下の団体にお話を伺った。

  • アストロ・テック

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震災前は電子部品を作っていたが、「桜プロジェクト」で南三陸に来ていたLOOMという団体との出会いを機に、バッグの生産も受け入れるようになった。それまでは電子部品しか作っていなかったため、もちろんバッグづくりのノウハウなどなく、ゼロからのスタートであった。

そのなかでコツコツ試行錯誤を繰り返し、ようやく形になってきたという。社長の佐藤さんのこだわりは、生産を第一に考え、お金の計算を後回しにすることだ。なぜなら、「販売に特化してしまうとクオリティが下がる。材料を安くして軽くして、元のものが維持できなければ偽物だ」と佐藤さんは説明した。

お客さんが、デザインが気に入ったからと手に取って、それが「たまたま」被災地のものであった、というバッグづくりを目指す佐藤さんは、一切甘えず自立しようとしている。社長が持っていたもうひとつのこだわりは商品のストーリー性だった。震災の夜、きれいに見えた星空や、南三陸町は牡蠣で有名なので養殖用の網をデザインにしたバッグとかは、特にストーリーがあって面白かった。

そして、南三陸町は農業や漁業などがメインなため、どうしても若者には興味が湧かないので、これから若者がこの町に残るように、敢えて時間をかけて若者が好きなファッションブランドを作っていこうと考えているとのことだった。

  • O.G.A for AID

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震災直後には救援物資の調達や被災者の心のケアなどといった活動を行っていたが、震災発生数ヶ月後には復興に向けて南三陸の農業に目を向けた。南三陸では漁業が主な産業なのだが、震災で港や漁船が破壊されたため、漁業の復興には時間が相当かかりそうだった。その一方、南三陸には荒れ果てた土地がたくさんあった。しかも、南三陸では自宅の裏庭で農作物を育てる家族が多かったので、農業に関してはある程度経験があった。こうやって、南三陸に多く残された休耕地を使い、農業プロジェクトに取り組んだのだ。救援物資を配達した最初の数ヶ月では現地の方々と信頼関係を築いたおかげで、OGAの活動は多大な応援を受けた。また、農業を始めたことによって現地の方々は救援物資の食料に頼ることなく、新鮮な野菜を簡単に手に入るようになった。更に、OGAの数多くの農場には多くのボランティアたちが訪れ、農業体験とともにOGAの農業活動に力を貸し、そして現地の人との交流の場ともなった。

最初の頃、OGAが仮設住宅の行方や、支援物資の割り当てなど、町の人々が支援を受ける際、日本のトップダウン方式のやり方に疑問を持っていた。住民の人からしたら、当たり前だと思ってしまう、あるいはおかしいと思っていても非常時だし声をあげられない、といった状況であったかもしれない。そういう中で、客観的に判断し、住民の話を聞きミスマッチを解消することができるのは、外部の人であるだろうと思う。

  • アミタ持続可能経済研究所

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アミタ持続研は「企業・自治体・地域における人と自然が豊かにになる価値創出の仕組み作り」を目指すため、資源循環システム構築における社会的問題と課題の解決策を導き、解決に取り組んでいる。アミタ持続研が取り組んでいるプロジェクトのひとつが南三陸町の新社会システム構築および地域循環モデル構築。森・里・海の資源に恵まれている南三陸町の未利用資源を利活用し、持続可能な社会モデルを築いている。

 具体的には、環境共生型農法の開発、木質ペレット利活用の仕組み作り、アミタではこれまで、いくつかの町で持続可能な社会づくりをめざし事業を行ってきた。そのノウハウを生かし、南三陸町のバイオマス産業都市構想に共感したアミタグループは、具体化に向け町に貢献することを決めたのである。南三陸町は、水系の境界線、「分水嶺」で町が仕切られており、降った雨は川を流れ、すべて海へ流れる。まさに循環型の町なのである。この点に着目し、さまざまな取り組みを行っている。廃棄物として処理される生ごみやし尿などを利用した「バイオガス事業」と、活用されず山林に捨てられていた木材を活用した「木質ペレット事業」などである。

会社の資料によると、バイオガス事業とは、「生ごみやし尿汚泥等有機系廃棄物を加熱・発酵処理することで、メタンガスと液肥に分離し、メタンガスについては、これを熱源として発電し、自施設で再利用」し、「液肥については、有機性肥料として農地に還元」するという取り組みである。日本中で問題になっているエネルギー問題についても解決できるかもしれない非常に斬新な取り組みだった。

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結論

東日本大震災によって多くの人々がたくさんの大切なもの・ひとを失った。東北の外にいる私たちがいまだ解決されぬ問題から目をそらすために復興の状況に関して楽観的なラベルを貼り付けることは絶対にしてはならない一方で、その悲劇の日から時間が経つにつれて人々はだんだんと新しい未来へと視線を移し始めているのも事実だと今回のツアーを通じて感じた。長い時間を要する人には時間をかけて寄り添い、どんどん先を見据えて挑戦をしようとする人には人材や資金面でのサポートを積極的に行うことが東北の復興につながるのではないでしょうか。サポートのあり方は何であれ、共通して言えることは繋がり続けることの重要さだ。

今回のツアーのテーマを「震災を振り返りながら前を向く」という抽象的なものにした。それは、参加者それぞれの関心分野や参加目的などが違うからだ。震災の当時の状況、震災から今までどんな復興支援や地域活性化の活動が行われてきたか、震災後の人々の心理、防災、東北・南三陸の今後の役割、震災におけるボランティア・NGO・政府の役割などなど、参加者の皆さんには各自のテーマを持っているだろう。しかし、実際に現地に足を運べば、現地の人の話を聞いたり自分の目で見たりすることによって、色々なことが学べるだろう。

震災から3年半が経ち、メディアに取り上げられなくなった今となったが、東北沿岸地域で活動されている団体や個人の皆さんによって、違う目線、違うところで、海外から今まで以上に注目を集まっているのではないかと思う。東北の地域活性化は国際化に繋がると信じている。そういう可能性を探りつつ、今後も外国人を絡むスタディーツアーを行っていきたいと思う。

首脳会談

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