26歳の誕生日を1ヶ月後に控える今この頃、よくちらっと噂に聞いていたクォーターライフクライシスを陥りそうになる。いや、別に憂鬱になったわけではない。ただ、とうとう人生のこの大きな節目に辿り着いたなと、ある日突然思った。

そもそも、25歳になってクォーターライフクライシスに陥るというのは、100歳まで生きる前提となっているので、さぞかし楽観的な考え方だね。楽観的なのか、悲観的なのかという話はさておき、まずはもういい年になったという事実を受け止めなければいけない。

大学を卒業して、社会人になるはずが、色々考え方が甘くてなかなか落ち着かず、転々とした始末になった。周りの人より遅れて第一歩を踏み出したせいか、ばたばたして焦りが隠せなかった。お金を稼ぐ辛さを初めて知って、大学時代に豪快にお金を使って思う存分楽しんだ分、今は節約するのに必死だ。

5年前は留学の為来日したが、いつの間にか就職してしまって、家族と離れ離れになってしまった。最初は夢を追いかけてたので、寂しい思いなんて滅多にしなかったのに、人生が落ち着いてきたこの頃、現実が肌に染み込んできた。先週、母の大叔母(関係が複雑すぎて詳しくわからないが)が亡くなった。年に1回、旧正月にしか会わない親戚なのだが、今年の2月に5年ぶりに旧正月の期間に帰省したときに、5年ぶりこの方と会った。久々の旧正月にお会いできてとても嬉しかったが、それが最後になるとは夢にも思わなかった。更に、まるで私と最後に会うことを待って他界したとしか思えなくて・・

529903_10151232782947109_1562895998_n

一人で日本に住んでいると、ちっちゃい頃から自分と一緒に成長してきた兄弟と友達や、ずっと世話をしてくれた親と親戚などがいなくて、比較の対象がいないせいか、時の流れの感覚が鈍くなった気がする。シンガポールに帰る度、両親が少しずつ健康が衰えたり、友達が結婚の話をするようになったりして・・時間の経つ速さに戸惑ってしまう。

そう考えると、両親は今年60になる。時間が限られている中、私はここでこんな生活を送っていいのかと、思わず疑問が浮かぶ。子供はどうせいつか自立するので、一生親のそばにいられないのはわかっていても、このまま続くと、なんか後悔する気がしてならない。

初めて経済的に自立して、家族からも自立して、色々な面で矛盾するところがあって不安に感じる。それが所謂クォーターライフクライシスかもしれない。

今は、とりあえず全力で頑張って、それから人生を楽しむことが大事だ。若さを生かしていいことをしよう。でも、大事なものは常に頭の片隅に置いといて決して見失ってはならない。クォーターライフクライシスなんて吹っ飛ばそう!

Advertisements