去年の2月から始めたアルバイトが夏に突入してからとうとう終盤を迎え、昨日つい最後のシフトを無事に終えることができました。1年半という長いような短いような期間で働かせていただいて、本当に色々勉強になりました。日本での初めての飲食店のアルバイトで、しかも自分の国の料理を売るという、まさに自分にぴったりのアルバイトでした。最初はお金に悩み、友達のご紹介で面接に行ってみたが、案外通ってしまって、自分が苦手でずっと避けてきた飲食店に挑戦してみようと思いました・・あれからもう1年半が経ちましたね。

アルバイトの店長をはじめ、ホールのスタッフからキッチンのスタッフまで、アルバイトの人を含めてみんないい人でした。去年の2月から始めたということで、アルバイトが始まって1ヶ月に東日本大震災が起きた。電車など、交通機関が麻痺状態になっていて、桜新町から麻布十番まで2時間半かけて歩いていったのは鮮明に覚えています。結局遅刻してしまったが、到着したとき、みんなの反応が面白かった。そのとき、たまたま社長もいらっしゃって、「うぉー!デニス!!歩いてきたのか。すごいね。惚れたね・・」と褒めていただいたこともあって・・

それから、震災後の4日連続アルバイトが入っていて、日々お客様の数が減っていく中、雰囲気が暗くなり、ある日ぼくもアルバイトのシフトをすべて捨てて一時帰国しようと思ったとき、それを店長にメールで伝えたところ、「わかったよ。デニスの気持ちがわかるよ。俺だったらそうするよ。日本に戻ってきたらまた連絡してね」という返信が来て、本当に感動しました。止めようともせず、留学生であるぼくの気持ちもわかってもらえてよかった。当然、日本に戻ってきたとき、そのアルバイトを続けようと思いました。

さすがシンガポール料理だけあって、夏にはやけに混むので、夏になると頭が狂っちゃうほど混んでしまうし、一人の仕事が多くて終電まで働かなければならないし、色々大変だけど、周りの人が優しくて、やめられない理由の一つになった。

世界番付を出るようになったとき、毎回録画してまで見てくれる。大変な一日が終わったとき自分で買ったコーラを人数分に分けてくれる。ぼくが12月に1回家で倒れて病院に搬送されたとき代わりに出てくれる。5月に急に仕事がなくなったとき、おまかないを何気なく多めにしてくれる。そして、サークルの公演をはじめ、夢のプロジェクトや47都道府県の旅などといった、私の数々の活動に常に興味を持ってくれる。

こういう人がいたからこそ、仕事が大変だけど、やりがいはあったと思います。サービス精神を学んだのもいいことだけど、それよりも心の底から喜んであげたり、本当に人に気を配ったりする姿勢を学びました。

これでアルバイトが終わるのが寂しいんだけど、社会人になっても東京に戻るときに、お店に寄って食べにいきたいと思います!

最後のシフト

最後に店長からもこんな素敵なプレゼントをいただきました。

「一番人を幸せにする人が、一番幸せになる」というメッセージがトイレの壁に貼ってある。毎回トイレ掃除をするときに見て共感して、今日も明日も誰かを幸せにしようとするようになりました。

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