4月11日。東日本大震災からちょうど1カ月。バイトの連勤、日本から脱出、支援活動をしようと思ってプロジェクトYUMEを企画。そして今に至る。昨日、麻布十番のスターバックスに行ったら、ちっちゃい読書コーナーがあってあそこに「星の王子様」の絵本を見つけて思わず手に取って読み始めた。

2カ月前ぐらいに箱根にある星の王子様ミュージアムに行ったのだが、そのときはストーリーを全く覚えてないまま行ったのだ。子供向けの絵本なので、読みやすくてすらすら最後まで読んじゃった。私は初めて読んだと言っても過言ではないぐらいなので、何とも言えないのだが、子供として読むのと大人として読むのはやっぱり違うらしい。

地震から1カ月。プロジェクトYUMEは「星の王子様」から何か学べることはあるのだろうか?

「大人は誰でも元は子供だった(そのことを覚えている人は少ないけど)」というのは、作者サンテグジュペリが一番最初に書いた文章。子供たちを守ることによって、大人も、そして社会全体を守ることができる。そして、子供たちが思っていることなどは、理屈というより、直感のものなのだ。大人みたいに色々企んだ上で物事を言うのに対して、子供たちは素直な気持ちをそのままを言うのだ。どちらが正しいというのはないが、「大人はみんな元は子供だった」ので、大人でも直感で行動したことはあるだろう。

それから、次のこの文章がとても気に入った。

つまりね、大人はみんな形が大事だと思っているんだ。形や数字ばかり。「バラ色のレンガできていて、窓に花が飾ってあって、屋根にはとがいる奇麗な家を見たよ」と言っても大人にはわからない。「一億円の家を見たよ」と言うと感心する。

まさにその通りではないか?まあ、今の社会では数字が大事なのはわかるけど、本来あるものの価値は数字で表すべきではないのではないか?あるものの中身、本質などは本物の物差しになると思う。

今回の大震災でも、何人が死亡・行方不明になったとか、何かの団体が何億円を寄付したとか、そういうニュースばかりが報道されている。もちろん、そういうのは実際わかりやすいし、地震の規模がわかるし、気になる数字でもあるけれども、その一つ一つの悲劇の内容も大事なのではないか?それから、何億円を寄付したというより、どういうふうにお金を集めたほうが、感動させる力はあるのではないか?ただお金持ちの人が自分のポケットから何億円を出せば、素晴らしいと思われるべきなのか?一般の人が集まって団結して集めたお金のほうが、何倍も感動的なのではないだろうか?

「僕の星には花が一輪あって、火山が3つあります。花には水をやるし、火山は掃除してやります。あなたは5億の星に何をしてやるの?」というのは、星の王子様が天文学者に言ったセリフである。私たちは常に遠くから物事を見がちである。震災が起きて何人が亡くなったことには関心はあるが、その一つ一つの話にはそれぞれの背景と内容がある。亡くなった、または被災している何万人みんなには何もしてあげられないけど、その一部だけでもいいから、何かをしてあげたい。

地震が起きてから1カ月が経った。この1カ月で山ほどのことを学んだ。まだまだ油断しちゃいけないけど、これからも気をつけながら、プロジェクトYUMEを進めていきましょう。

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