3月12日~16日

地震が思った以上に被害が多くなって、津波に相次いで福島の原子発電所の冷却機械が地震と津波によって破壊されて、内蔵の放射性物質が漏れた恐れが出たという。地震が起きた当初はまだ笑っていられたが、時間が経つにつれて、この大震災の大きさをつくづくと感じてきた。スーパーに入ったら、カップラーメン、お水、パンなどが売り切れになっていて、アルバイト先のレストランでも仕入れに遅れが出ていて、ガソリンも少なくなっていて、東京の空気にも放射性物質が発見されて、挙句の果てに、外国人はみんな海外へと、日本人でも関西のほうへ移動し始めた。

私は日本を出るつもりはなかった。日本に残って通訳としてでも手伝いたかった。赤十字社やシンガポール大使館に電話して、ボランティアのことを問い合わせしたが、やはり被災地の状況はまだ安定していなく、コミュニケーションもできていないし、ボランティアの宿泊先はいうまでもなく用意されていないので、ボランティアを一切受付していないとのことだった。こういう厳しい状況が続く中でも、私は5日連続アルバイトをしていた。お客様がだんだん少なくなって、雰囲気もだんだん暗くなって、私は初めてこの危機感を感じた。外に出ると、街中には人影すらなくて本当に暗かった。色々な噂が流れていて、不安や心配が募る一方だった。

昨日5連勤のバイトから帰ってきてくたびれていたが、それより精神的に疲れたので、友達と話してみたら、東京を出たほうがいいよって言われて、目から鱗が落ちたかのように悟った。アルバイトを手伝うことは確かに大事だけど、それより自分の命を守らないと、誰にも責任を取ってもらえないのだ。ということで、東京を出ることにした。

今朝どたばた荷物をまとめて新宿に行ってリンモウジンバスで成田空港に向かった。航空券取れてなくて、どうにかなるだろうと思って空港に着いた。余った航空券を買おうと思ったけど、こんな時期に航空券が余るとかあり得ないことは予想できたものを。韓国に寄って3日間ぐらい泊まってからシンガポールの帰ることにした。

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