勉強をするはずだったのに、いつの間にか目の前にあるパソコンからインターネットにつなげてメールを開いて昔のメールを読み始めた。

この受信ボックスに入ってる一番古いメールは2005年5月のメールだった。考えてみると、その時は高校最後の1年だったんだね。高校はもう5年前(もうすぐ6年)のことになってしまったなんて、本当に信じられない。まさに時間の経つ速さに狼狽えています。

一件一件のメールを開いて読むと、昔の自分が蘇ってくる。その時の自分の姿も、考えてたことも、頭に浮かんでくる。怖いほど、鮮明に映っている。なぜかというと、私はすっごい平凡な人生を送ってきたと思うんだけど、頭の中では波乱万丈だった。まあ、誰もがこういう時期はあると思うんだけどね。そのときやりたかったことができなくて悔しい思いをしたのとか、そのときやりたくなかったことを仕方なくせざるを得なかったのとか、メールを読みながらその時の自分の気持ちにまでなっちゃって、思わず眉間に皺を寄せる。

5年前のメールはたぶんいっぱいあったけど、ほとんどのメールは削除したでしょう。なぜ敢えてこんなメールだけは削除しなかったか、今となって昔の自分はどういう風に考えていたかを垣間見ることができるね。仲良いい友達からのメールだとか、いい思い出を思い出させてくれるようなメールとか、そういうメールはきっと削除したくなかったでしょう。

2005年、2006年、2007年のメールを一覧すると、共通点が一目瞭然。日本語クラスの友達からのメール、そのときメールでやりとりしてた日本人のペンパル、軍隊時代に仲良かった一人の日本人の友達、そして早稲田大学国教のスタッフとのやりとりのメール。受信ボックスに未だに残っているメールのほとんどはこの4つのカテゴリのどれかに入っている。

私は感性が鋭いというか、思い出を大事にしたがるというか、まあ悪く言えば引きずるような人なんですね、きっと。

軍隊時代に、仲良かった一人の日本人の女性がいました。かつて同じバイト先で働いてたお母さんなんだけど、入隊する前から知ってて軍隊で辛かったときはメールで励まされたり話聞いてくれたり、週末は一緒にご飯食べに行ったりして、彼女なくしては軍隊を乗り越えられなかったかもしれないぐらいの存在だった。しかし、兵役の2年目に連絡を取らなくなったから会えなくなって、結局最後に会ったのがいつだったかも覚えてなくて、そのまま日本に来てしまった。

ふ~ん、3年ぶりにメールしてみようかなと思っているところです。

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